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【山忠ホールディングス】「山忠は人でできている」11社を束ねるグループ企業へ。作る人と食べる人をつなぐ挑戦

2026年09月08日

株式会社山忠ホールディングス

【山忠ホールディングス】「山忠は人でできている」11社を束ねるグループ企業へ。作る人と食べる人をつなぐ挑戦

◇企業紹介◇

株式会社山忠ホールディングスは、北海道十勝地方を拠点に、豆・小麦の卸売から製粉、食品加工、障害者福祉事業まで11社を束ねるグループ企業です。創業は祖父の代に遡り、「豆屋」として地域農業を支えてきた歴史を持ちます。現在は代表取締役の山本英明氏が経営を担い、「作るを食べるのもっと近くに」という理念のもと、生産者と消費者をつなぐ独自の流通モデルを確立。2011年には自社製粉工場を設立し、北海道産小麦の民間取扱量の半分を占めるまでに成長しました。今回は山本英明代表取締役に、学生団体GOATの石嵜がお話を伺いました。豆屋から始まった会社が、なぜここまで多角化し、地域に根差した企業グループへと発展したのか。その軌跡と経営哲学に迫ります。

「作るを食べるのもっと近くに」──30年前に掲げた理念が、すべての始まりだった

山忠ホールディングスの原点は、祖父が立ち上げた「山本商店」という豆の卸売業です。小豆や大豆を専門に扱う会社として地域の農業を支えてきました。山本代表が静岡での修行を経て実家に戻ったのは昭和の末期。当時は豆の流通も、生産者が作った作物がどこへ行くか分からないような「生産者の顔が見えない」世界でした。

「通常、顔が見える流通というと、消費者から生産者が見えるという風に考えがちです。でも私たちは逆を考えた。生産者に消費現場を見せよう、肌で感じられる流通にしようと決めたのです

たとえば、ある有名菓子メーカーが使う小豆を作る生産者を特定し、「この商品になるために作っている」という実感を持てる流通を構築しました。生産者がお菓子屋さんと交流し、自分たちが作った豆の評価を直接聞ける仕組みです。

「当時、農業のイメージは決して良くなかった。若い人たちにプライドを持って農業をやってもらいたかった。だからこそ、自分の作った作物がどこへ行き、誰に届き、どう評価されるのか──それが分かる流通を作りたかったのです」

この理念は30年以上前に掲げられたものですが、今もなお山忠グループの根幹を成しています。平成元年からは小麦の取り扱いも開始。政府買い上げという制約がある中でも、生産者と消費者を結びつける努力を続けました。その結果、北海道の民間企業が取り扱う小麦の半分を山忠が担うまでに成長したのです。

◾ 取材担当:石嵜の感想

「顔が見える流通」という言葉は消費者目線で語られることが多いですが、山本代表は「生産者に消費現場を見せる」という逆の発想から始められていました。農業のイメージが悪かった時代に、若い農家にプライドを持たせたいという想いが原点にあったことに驚きました。就活で企業を見る際にも、「誰のための仕事か」を考える視点は大切だと感じます。理念が30年以上ブレていないことが、この企業の強さなのだと思いました。

「家業」から「企業」へ──権限移譲と信じきることの経営哲学

山本代表が大切にしている経営哲学は「信じきること」です。そして、山忠が「家業」ではなく「企業」であり続けることへのこだわりがあります。

「家業と企業、どちらが良い悪いではありません。家業というのは社長なり社長一族がいて、全部指示をする。ものすごいスピード感があります。一方、企業というのは権限移譲なのです。課長ならどこまで、部長ならどこまで──自分の責任の中でやりなさいという権限をちゃんと渡していく。これが私の考える企業です

山本代表自身、前職で権限を持ち、責任を負いながら仕事をする楽しさを経験しました。だからこそ、同じように「責任感を持って仕事を楽しめる人たち」と一緒に働きたいと考えています。

現在、山本代表が社長を務めるのはグループ11社のうち3〜4社のみ。他の会社には別の社長がいます。これも権限移譲の結果です。すべてを1人で決めていたら、ここまでの多角化は不可能だったでしょう。

「企業理念の1つに『山忠は人でできている』というものがあります。例えば大震災で工場も事務所も全部潰れても、今いるメンバーが残れば同じ山忠として再生できる。逆に、建物が無傷でも半分のメンバーがいなくなったら、同じ山忠にはなれない。山忠というのは建物のことではなく、人の塊のことを言うのです」

◾ 取材担当:石嵜の感想

「山忠は人でできている」という企業理念を、大震災の例え話で説明してくださったのが強く心に残りました。建物ではなく人の塊が会社である──この考え方は、就活で企業を選ぶ際の大きな指針になると思います。また、「権限移譲されると責任が重くなるが、それが楽しい」という言葉から、山本代表がどんな人と働きたいかが明確に伝わってきました。責任を楽しめる人になりたいと思いました。

十勝を「食料供給基地」から「食品供給基地」へ──描く未来と残る課題

山本代表が描くビジョンの1つは、十勝を「食料供給基地」から「食品供給基地」へ変えることです。十勝の食料自給率は1200%。しかし、これまではほとんどの産物を原料のまま流通させてきました。

「十勝は原料供給基地と言われてきました。でも、原料で出すだけでは付加価値がつかない。だから食品として加工して出す、食品供給基地にしたいのです」

近々プレス発表を予定している新工場は、その構想の一環です。完成は2年後。地元の名産品を開発し、食品として全国へ届ける体制を整えようとしています。観光協会の会長も務める山本代表は「地元に名物がない」ことを課題に感じており、物産協会とも連携して商品開発を進める計画です。

一方で、課題も率直に語ってくださいました。

「お金がいくらあっても足りないですね。あと、コロナ以降急激に会社が増えて、プレイヤーの数はいるのですが、マネジメントができる人材が追いついていない。教育というのは企業の100年の大計です。人を育て続けることがものすごく大事なのです

そして、究極の目標は「山忠で良かったなと言ってもらえる会社になること」だといいます。地域、業界、そして働いている人たち──すべての人に「山忠があって良かった」と思ってもらえる存在を目指しています。

◾ 取材担当:石嵜の感想

「教育は企業の100年の大計」という言葉が響きました。急成長している会社ほど、人材育成が追いつかないという課題があることを知りました。また、「山忠って良かったな」と言ってもらえる会社を目指すというビジョンは、売上や規模ではなく「関わる人の幸せ」を軸にしていることが伝わってきます。こういう会社で働けたら、自分の仕事に意味を見出せるだろうと強く感じました。

学生へのメッセージ──「何をやりたいか決まっていなくて当たり前」

取材の中で、山本代表は学生に向けて率直なメッセージを語ってくださいました。

「学生の時に何をやりたいか決まっていないのは当たり前です。私もそうでした。理系の大学を出て、技術系の会社に入るんだろうなと思っていた。実家に帰る選択肢は当時なかった。大手の音響会社に内定していたのですが、結局は実家を継ぐことになりました」

新卒採用の面接でも、明確な志望動機を持っている学生は稀だといいます。「おじいちゃんが農業をしていて、農業の役に立ちたい」──そんな漠然とした理由で十分だと山本代表は言います。

「これをやりたいと決めて社会に出られるのは幸せなことですが、1割もいないでしょう。だから心配しなくていい。マッチするかどうかなんて、数年経たないと分からないのです。1年目に『合っていないかも』と感じるのは普通のこと。1回転職してみて、結局同じだと肌で感じる──それもありかもしれません」

そして、学生時代に大切にしてほしいことも教えてくださいました。

「色んな物事に興味を持っている子は強いですね。会社に入ってからも、仕事以外のコミュニティを持っている人間は伸びます。地元の麻雀仲間がいるとか、同好会に入っているとか。コロナ禍で繋がりを作れなかった学生は大変でしたが、今はコロナではないのだから、積極的にコミュニケーションを取ってほしい。親世代の人ともちゃんと話す機会を作る。それが社会に出てから生きてきます」

最後に、これから社会に出る若者へ力強いエールをいただきました。

「商売というのは、誰かが便利だと感じてもらえるか、誰かを幸せにするか──それでしかお金はもらえません。だからこそ、チャレンジしてください。新しい会社がどんどん出てきて、『社長になりたい』という人が増えないと、この国はダメになる。そんな気がしています」

◾ 取材担当:石嵜の感想

「何をやりたいか決まっていなくて当たり前」という言葉に、肩の荷が下りる思いでした。3年経たないとマッチするかどうか分からない、1年目に違和感があっても普通──この言葉は、就活に悩む多くの学生の支えになると思います。また、「社長になりたい人が増えないと国がダメになる」という言葉には、山本代表の次世代への期待が込められていました。私自身も、この取材を通じて「挑戦する勇気」をいただきました。山本代表、貴重なお話をありがとうございました。