大起水産株式会社は、1974年創業、大阪府堺市に本社を構える水産卸・小売・外食の総合企業です。創業者が愛媛県から単身大阪へ渡り、一代で築き上げた同社は、現在51期目を迎えています。今回は、2代目として2015年に社長へ就任し、現在11年目を迎える佐伯社長に、GOAT MindMatch取材担当の石嵜と緒方がお話を伺いました。日本人の魚離れが深刻化する中、「鮮度がごちそう」という理念のもと、卸・小売・外食を一体化した独自のビジネスモデルで魚食文化の継承に挑む佐伯社長。アラスカでの3年間の駐在経験から事業承継、そしてコロナ禍を乗り越えた経営判断まで、その軌跡と未来へのビジョンを語っていただきました。

愛媛から大阪へ―創業者が「魚」と出会うまでの物語
大起水産の歴史は、現社長・佐伯慎哉氏の父である創業者の決断から始まります。愛媛県で生まれ育った創業者は、中学卒業後に単身で大阪へ渡りました。当初は市場の八百屋で働き始めましたが、入社時に約束されていた「夜学に通わせてもらえる」という条件が果たされなかったことを機に、その職場を去る決断をします。
「父は約束を守ってもらえなかったことに強い憤りを感じたのだと思います。しかし、その出来事が結果的に魚業界への扉を開くことになりました」と佐伯社長は語ります。八百屋を辞めた創業者は、すぐ近くにあった魚屋へ移りました。これが、大起水産の原点となる魚との出会いです。
創業者は持ち前のコミュニケーション能力を武器に、卸売業で頭角を現していきます。やがて売上トップの座を獲得し、独立して卸会社を設立。その後、事業は小売へ、そして外食へと拡大していきました。中学卒業の学歴から出発し、一代で卸・小売・外食を擁する総合水産企業を築き上げた創業者の歩みは、まさに「叩き上げ」という言葉がふさわしいものでした。
現在の佐伯社長が入社したのは2003年のこと。それ以前は新卒で日本水産(ニッスイ)に入社し、アラスカのアリューシャン列島にある人口わずか4000人ほどの島で3年間の駐在を経験しました。世界各国から集まる従業員と共に、カニなどの生産・加工に携わるという、日本国内では決して得られない貴重な経験を積んだのです。
「あの3年間は、魚というものを世界規模で捉える視野を与えてくれました。日本の魚食文化がいかに独特で、いかに守るべきものかを、外から見ることで初めて実感できたのです」。創業者である父が70歳になるタイミングで事業を承継する計画のもと、佐伯社長は30代であった2015年に社長へ就任し、現在11年目を迎えています。
◾ 取材担当:石嵜・緒方の感想
「想定外」が新しい可能性への扉を開くこともある。佐伯社長自身もアラスカという未知な環境での3年間を「視野を広げてくれた経験」と語っていたのが印象的でした。目の前の出来事をどう捉えるかで、未来は大きく変わるのだと思います。

「鮮度がごちそう」を支える三つの柱―商品・店・人の鮮度とは
大起水産の根幹をなす経営理念は「鮮度がごちそう」。獲れたての魚をできるだけ早く顧客に届け、美味しく食べてもらうことを最優先としています。この理念を具現化するため、同社では「商品の鮮度」「店の鮮度」「人の鮮度」という「三つの鮮度」を行動指針として掲げています。
「商品の鮮度」とは、単に獲れたての魚を提供することだけを指すのではありません。「どんなに良いものでも、高すぎれば敬遠されます。顧客が『この品質でこの価格なら納得』と感じられる値ごろ感を追求することが、本当の意味での商品鮮度なのです」と佐伯社長は説明します。品質と価格のバランスを常に意識し、顧客にとっての「価値」を最大化することが重要だというのです。
「店の鮮度」は、魚屋ならではのライブ感を指します。同社では定期的にマグロ解体ショーを開催し、その日獲れた天然魚を目の前でさばいて提供するなど、顧客に鮮度を五感で体験してもらう仕掛けを積極的に取り入れています。「スーパーの鮮魚コーナーでは味わえない『目の前でさばく』という体験が、魚への興味を引き出すのです」。
そして「人の鮮度」。これは、魚のプロとしての姿勢そのものを表しています。「明るさ、笑顔、元気。これが最も重要です。旬の魚や美味しい調理法を提案するのはもちろん、特に意識しているのは子供たちへのアプローチです」。子供たちが魚に興味を持つきっかけとなるようなコミュニケーションを心がけることで、将来の魚食文化の担い手を育てていく狙いがあります。
現代において魚の消費量は20年以上前と比べて半減しているという現実があります。佐伯社長はその背景を「匂い」「生ゴミ処理」「調理や掃除の手間」といった家庭での障壁にあると分析しています。「だからこそ、私たちは外食事業に参入しました。回転寿司や食堂は、魚を食べるハードルを下げる『手段』なのです」。特に回転寿司は子供にも親しみやすく、素材をさばいて握るという技術が小売部門との親和性が高いため、従業員もスムーズに移行できる業態として選択されました。
◾ 取材担当:石嵜・緒方の感想
「三つの鮮度」という言葉を聞いたとき、最初は抽象的な理念かと思いました。しかし、話を聞くうちに、これが現場の隅々まで浸透している「判断基準」であることがわかりました。特に「人の鮮度」において、子供たちへのアプローチを重視しているという点に、長期的な視点を感じます。就活において企業の理念を見るとき、それが単なるスローガンなのか、それとも日々の行動に落とし込まれているのかを見極めることが大切だと改めて感じました。大起水産の場合、「三つの鮮度」はまさに後者でした。

コロナ禍でもリストラゼロ、給与5%引き上げ―従業員を守り抜いた覚悟
水産業界全体が直面する人手不足という課題。大起水産はこの問題に対し、独自の採用・育成戦略で対応しています。同社の全従業員の95%が魚をさばく技術を持っており、未経験者でも約3年で専門技術を習得できる育成体制を整えています。
「私たちは扱う魚の量が圧倒的に多い。だからこそ、他所よりも早くスキルが身につく環境があるのです」と佐伯社長は語ります。採用においては、「魚が好き」「魚をさばきたい」という意欲を持つ人材をターゲットにすることで、入社後のミスマッチを防いでいます。
しかし、同社の人材戦略で最も特筆すべきは、従業員の定着に対する強い意志です。コロナ禍において、同社はリストラを一切行いませんでした。飲食部門の休業中は、従業員を物販部門へ異動させて雇用を維持。さらに、その期間中にも採用を継続し、5%の給与引き上げを実施するという決断を下しました。
「従業員の生活を守ることは、経営者としての責任です。一時的なコスト削減のために人を切れば、コロナが明けたときに会社を支える人材がいなくなる。それでは本末転倒です」。この判断は、短期的な収益よりも長期的な組織力を優先した経営者としての覚悟の表れでした。
佐伯社長は、従業員一人ひとりに対して「3年後、5年後にどう成長できるか」というキャリアパスや会社のビジョンを明確に提示することが、定着の鍵になると考えています。「働く人に『この会社で頑張れば、こういう未来がある』という希望を持ってもらうこと。それが私の役割です」。
店舗数が増える中でも、「三つの鮮度」という理念を全社共通の判断基準とすることで、組織としての一体感を保っています。「迷ったときは『三つの鮮度』に立ち返る。それが私たちの羅針盤であり、方向性のブレを防ぐ仕組みです」。理念が浸透しているからこそ、現場での判断がスムーズに行われ、組織としての一貫性が保たれているのです。
◾ 取材担当:石嵜・緒方の感想
コロナ禍でリストラゼロ、さらに給与引き上げという決断には、正直驚きました。多くの企業が人員削減に踏み切る中、逆の判断をするには相当な覚悟が必要だったはずです。「短期的なコスト削減は長期的な組織力を損なう」という考え方は、就活生が企業を見極める際の一つの視点になると思います。危機的状況で従業員をどう扱ったか。それはその企業の本質を映し出す鏡なのかもしれません。入社前に確認しておきたいポイントだと感じました。

300億から400億へ―売上拡大の先に見据える「魚食文化の継承」
大起水産のグループ売上は現在300億円。佐伯社長は、これを3年後には400億円へ伸ばすという目標を掲げています。しかし、この数字の裏にある真意は、単なる事業拡大ではありません。
「店舗数を増やすこと自体が目的ではないのです。漁師が持続的に漁業を営めるよう、私たちが仕入れる魚の量を増やす。そうすることで、魚食文化を未来へ継承していく。売上拡大はそのための必然的な手段なのです」と佐伯社長は力を込めます。
経営上の課題として挙げられたのは、理念共有の徹底と、海水温上昇による魚種の変化といった環境問題への対応です。「以前は獲れていた魚が獲れなくなり、代わりに南方の魚が北上してきている。この変化にどう対応するかが、これからの課題です」。
同社では、産地と協力して未利用魚の活用法を開発するなど、変化する環境に適応しながら持続可能な取り組みを進めています。「今まで食べられていなかった魚を、いかに美味しく提供できるか。それは私たち水産業者の使命でもあります」。
AIやDXについても、佐伯社長は明確な見解を持っています。「AIは仕事を奪うものではありません。人間がより付加価値の高い業務に集中するための有効なツールです。在庫管理や需要予測などにAIを活用することで、私たちは『お客様に魚の魅力を伝える』という本来の仕事に、より多くの時間を割けるようになるのです」。
日本の食料事情を見据えた長期的な視点と、目の前の課題に対する具体的な施策。その両方を持ち合わせた経営姿勢が、大起水産の持続的な成長を支えています。
◾ 取材担当:石嵜・緒方の感想
「売上拡大は手段であって目的ではない」という言葉が非常に印象的でした。数字を追うだけの経営ではなく、「漁師を支える」「魚食文化を守る」という大きな目的のために事業を拡大するという順序が明確でした。就活では、企業の成長戦略を聞く機会があると思います。そのとき、「なぜ成長するのか」という目的まで掘り下げて聞くことで、その企業の本質が見えてくるのではないかと思いました。

学生へのメッセージ―「作業」を「仕事」に変える意識が未来を拓く
佐伯社長は、就職活動に臨む学生たちに向けて、自身の経験を踏まえたメッセージを送りました。
「就職活動では、できるだけ多くの企業を見てください。そして、『面白そう』と思える軸を見つけること。それが最初の一歩です。私自身、最初の就職先で日本を離れ、アラスカという未知な環境で3年間を過ごしました。あの経験があったからこそ、今の自分があると思っています」。
社会人になってからの心構えについても、明確なメッセージがありました。「単なる『作業』ではなく、常に改善を考え、目標を持つこと。それによって『作業』は『仕事』になります。言われたことだけをこなすのではなく、『もっと良くするにはどうすればいいか』を考え続ける人が、結果的に成長していくのです」。
また、学生時代の過ごし方についても具体的なアドバイスがありました。「学生のうちにこそ、お金や社会の仕組みを自ら学んでほしい。ネットの情報だけでなく、実際に現地へ行って体験し、人と直接コミュニケーションを取ることを大切にしてください。魚も同じです。画面で見るのと、実際に市場で見るのでは、まったく違う情報が入ってきます」。
最後に、佐伯社長はこう締めくくりました。「私たちの仕事は、魚を通じて日本の食文化を守ること。それは一人ではできません。同じ志を持った仲間と一緒に、この使命を果たしていきたい。もし魚が好きで、この仕事に興味を持ってくれる人がいれば、ぜひ話を聞きに来てください。私たちと一緒に、魚食文化の未来を創っていきましょう」。
◾ 取材担当:石嵜・緒方の感想
「作業を仕事に変える」という言葉は、社会人として働く上での核心を突いていると感じました。「現地体験」の重要性を強調されていたのも印象的です。ネットで情報収集するだけでなく、実際に足を運んで五感で感じること。就活においても、説明会やインターンシップで実際に社員と話し、職場の空気を感じることの大切さを再認識しました。