◇企業紹介◇
株式会社対泉閣は、1920年創業の三重県名張市・赤目温泉に位置する老舗旅館です。赤目四十八滝という国定公園内の名勝を目の前に、100年以上にわたり観光客をもてなし続けてきました。現在は5代目となる玉置氏が代表を務め、伝統を守りながらも時代に合わせた変革を推進しています。大阪上本町から電車で約1時間というアクセスの良さと、滝・忍者・自然というこの地ならではのコンテンツを武器に、地域全体の観光資源を守り継ぐことを使命としています。今回は、玉置代表に創業家としての覚悟、コロナ禍での苦闘、そして次世代への想いについて、学生団体GOATがお話を伺いました。

「継ぐ気はなかった」わけではない。外から日本を見て確信した、旅館を守る意味
玉置氏は創業家の息子として生まれましたが、「絶対に継がなければならない」と言われて育ったわけではありませんでした。「うちの親は、やりたくなかったら別にいいよという感じでした。ただ、本音としてやってほしいなというのは感じながら育ってきました」と振り返ります。
大学卒業後、すぐに実家の旅館に入るという選択肢もありましたが、玉置氏は別の道を選びます。「このまますぐに自分のところの会社に入るというのは、経験や見識が浅いまま入ることになる。あまり良くないと思っていました」。そこで親に相談し、1年間アメリカへ渡ることを決意しました。
海外に行った理由は、英語を話したいという単純なものではありませんでした。「外から見た日本ってどんなんだろう。それを見たかったのです」。実際にアメリカで過ごす中で、日本の良さを再認識する機会が数多くあったといいます。「やっぱり日本っていいよね、と確信しました。日本人は勤勉だし、ルールをすごく守る。なんだか単純にすごくいいのに、自分たちで食い潰しちゃっているよね、という感覚がすごくありました」。
帰国後は人材広告会社に入社し、約4年間勤務しました。この選択にも明確な理由がありました。「中小企業の採用は基本的にトップがするもの。いろんな社長さんの考えを直接聞けるこの仕事は、将来経営者になる自分にとってすごく向いていると思いました」。採用という切り口を通じて、多くの経営者のビジョンや悩みに触れた経験は、現在の経営に大きく活きています。
◾ 取材担当:学生団体GOATの感想
「外から見た日本を知りたかった」という言葉が印象的でした。多くの後継者が「継ぐか継がないか」で悩む中、玉置さんは一度外に出て、日本の価値を客観的に確認するというプロセスを踏んでいます。就活生の私たちも、業界や会社を選ぶ前に、一度外側の視点を持つことの大切さを学びました。人材会社での経験も、単なる「社会人経験」ではなく、経営者の思考を学ぶ場として戦略的に選んでいた点に、キャリア選択のヒントがあると感じます。

代表就任直後のコロナ禍。「こんな大きなお金を借りないといけないのか」という現実
2019年、玉置氏は対泉閣の代表に就任しました。「ようやくちょっと上向きかな」と手応えを感じ始めた矢先の2020年、新型コロナウイルスの感染拡大が始まります。観光業は最も大きな打撃を受けた業界の一つでした。
「売上が立たないというのが一番厳しかったです。そして、こんな大きなお金を借りないといけないのかという現実に直面しました」。当時、従業員には休んでもらわざるを得ない状況でしたが、その間の給与をどうするか、国の補助制度をどう活用するか、経営者として初めて経験する危機対応の連続でした。
「その時借りたお金は、今は返さないといけないフェーズに変わっています」。コロナ禍を乗り越えた今も、その爪痕は経営に残り続けています。しかし玉置氏は、この経験を通じて経営者としての覚悟がより深まったと語ります。
全国で多くの旅館やホテルが廃業に追い込まれる中、対泉閣が生き残れた理由は何だったのでしょうか。「パッションがないとダメですし、繋いでいきたいという思いが一番の原動力です」。玉置氏は自分の宿だけでなく、地域全体の観光資源を守ることへの責任感を強く持っています。「うちの周りにも旅館はそれほど多くありません。ここがなくなれば、この観光地の灯火が消えてしまう。残す義務、責任があるのではないかと思っています」。
◾ 取材担当:学生団体GOATの感想
代表就任からわずか半年でコロナ禍に突入するという、想像を絶するタイミングでした。「借りたお金は返さないといけないフェーズに変わっている」という言葉には、経営の現実の重さを感じました。それでも「繋いでいきたい」という思いで乗り越えてきた姿勢は、若者が将来困難に直面した時の指針になると思います。自分だけでなく、地域や業界全体を見据える視座の高さも、経営者として学ぶべき姿勢だと感じました。

「部屋食」をやめた決断。100年続く旅館が、形を変えてでも守りたいもの
長く続く企業になるために必要なことは何か。玉置氏の答えはシンプルでした。「とにかく磨き続けることです。失ってはいけないものはあるけれども、形は変えていい。変化を恐れずにやり続けるということです」。
その象徴的な取り組みが、「部屋食」の廃止でした。かつて日本の旅館では、夕食も朝食も客室で提供するのが一般的でした。「私が小さい頃、うちもそうでした。でも、人材不足やお客様のニーズの変化に対応するために、これをやめようと決めました」。
部屋食は旅館の伝統的なサービスですが、早朝からスタッフが客室に入り、布団を上げ、食事を準備するという工程は、現代の旅行者のライフスタイルとは合わなくなっていました。「朝、好きな時間に起きて、部屋でゆっくりしてから食べに行く。そちらの方がお客様も喜ぶのではないかと考えました」。
変革は食事スタイルだけに留まりません。浴衣についても、従来の形式にこだわらず、ユニセックスのオリジナルを開発しました。また、浴衣の上に羽織る半纏(はんてん)も、より現代的なケープ型に変更しています。「今までやってきたやり方が正解だという考えを、常に疑いながら仕事をしています」。
ただし、変えてはいけないものも明確に持っています。それは「赤目四十八滝と共に歩む」という創業以来の姿勢です。「滝というものと共に歩みたい。これが一番のビジョンで、ここはぶれません」。形は変えても、本質は守る。伝統と革新のバランスを取りながら、100年を超える歴史を次の100年へと繋いでいく覚悟が、玉置氏の言葉からは伝わってきました。
◾ 取材担当:学生団体GOATの感想
「伝統を守るために変える」という考え方が、とても新鮮でした。部屋食という旅館の象徴的なサービスをやめるという決断は、相当な勇気が必要だったはずです。しかし、お客様のニーズと働く人の環境の両方を考えた上での判断だと理解できました。就活においても、企業の「何を変え、何を守っているか」を見ることで、その会社の本質が見えてくるのではないかと感じました。変化を恐れない姿勢は、これからの時代を生きる私たちにも必要な考え方です。

学生へのメッセージ:「当たり前のことができる人が、光る」
玉置氏は、現在の就活生に対して率直な想いを語ってくれました。「今の学生さんを見ていて、しんどいなと思う部分もあれば、かわいそうだなと思う部分もあります。でも、チャンスは確実にあります。もっとガツガツしてもいいのではないでしょうか」。
大手企業の初任給引き上げが話題になる中、玉置氏は警鐘を鳴らします。「学生だからある程度選べるよね、という考え方は危ない。自分の価値を高く見積もりすぎると、入社後に苦労します」。採用の現場では、賢さ以上に「人柄」を見ているといいます。
「挨拶がちゃんとできる、コミュニケーションが取れる、自分の意見が言える、注意されたらしっかり謝れる。すごく当たり前のことをちゃんとできる人が、光るのです」。これらは明日からでも実践できることですが、実際にできていない人は多いと玉置氏は指摘します。
そしてもう一つ、経験の大切さを強調しました。「いろんなアルバイトでもいいし、いろんなことを経験してほしい。経験値が高い人は、やっぱり光ります」。ブランドや給与だけで判断するのではなく、その会社の考え方、業界の特性、地域の魅力をしっかり見極めてほしい。そして、自分がその環境に合うかどうかを、お互いに見極める姿勢が大切だと語りました。
◾ 取材担当:学生団体GOATの感想
「当たり前のことができる人が光る」という言葉は、シンプルだからこそ重く響きました。挨拶、コミュニケーション、素直に謝ること。どれも明日からできることです。しかし、できていない人が多いからこそ差がつくのだと理解しました。また、「経験値が高い人は光る」という言葉も、学生時代の過ごし方を見直すきっかけになりました。