◇企業紹介◇
アコ・ブランズ・ジャパン株式会社は、1961年に日本GBCとして創業し、現在はニューヨーク証券取引所に上場するアコ・ブランズ・コーポレーションの日本法人として事業を展開している。シュレッダーやラミネーターなどのオフィス機器を中心に、近年はゲーミングアクセサリーブランド「PowerA(パワーエー)」などB2C領域への進出も積極的に進めている。
本社はアメリカに置き、グローバルで開発された製品を日本市場向けにローカライズしながら販売する一方、日本独自の企画開発にも取り組むハイブリッド型の販売会社だ。今回は代表取締役社長・新田敏明氏に、学生団体GOATの石崎が取材を行った。リーマンショック後の苦境を乗り越え、2022年に社長に就任した新田氏が語る「人材育成」への想いと、変革期にある会社の未来像に迫る。

リーマンショック後の半年間、面接を重ねた日々から始まったキャリア
新田敏明氏がアコ・ブランズ・ジャパンに入社したのは2009年12月のことだった。これが3社目の転職先となる。2社目も外資系企業で働いていたが、リーマンショックの煽りを受けて事業部閉鎖という事態に直面した。「半年間ぐらい職がなくて、面接、面接という非常に辛い時期でした」と当時を振り返る。偶然にも、アコ・ブランズ・ジャパンの当時の社長と面接時に馬が合い、マーケティング部門の責任者として採用されることになった。
入社後はマーケティング一筋かと思いきや、技術部門や営業部門の部長も経験するなど、通常では考えられないほど幅広い領域を担当してきた。「普通の人はあまり経験しないような広範囲な部門を経験してきたんじゃないかと思います」と新田氏は語る。
この多領域での経験を可能にしたのは、1社目の日本企業での経験だった。当時、100億円規模の売上に影響する巨大プロジェクトのクロスファンクショナルチームのリーダーを任されていた。設計、品質、生産技術、営業など、あらゆる部門の代表が集まるチームを率いた経験が、「失敗したら会社を辞めなければいけないのではないかというプレッシャー」の中で、各部門の知識とマネジメント力を身につける機会となった。
「だからいろんな部門の仕事を学べた。営業を任されたり、技術の長を任されたりしても、ある程度のバックグラウンドがあったので比較的容易にできた」と新田氏は振り返る。苦境の中で得た転職先、そしてそれ以前に培った幅広い経験が、現在の経営者としての土台を形作っている。
◾ 取材担当:石崎の感想
リーマンショック後の半年間、職を失い面接を重ね続けた日々。その苦しい時期があったからこそ、今の新田社長があるのだと感じました。巨大プロジェクトでの経験を「失敗したら会社を辞めなければいけないプレッシャー」と表現されたとき、本当の修羅場を経験した人の言葉の重みを感じました。就活生として、順調なキャリアばかりを夢見がちですが、苦境こそが人を成長させるという事実を改めて認識しました。どんな経験も無駄にならないという確信を持てる取材でした。

「上のポジションで考えろ」若手時代にDNAに刻まれた思考法
「社長になって意識が変わりましたか」という問いに対し、新田氏の答えは意外なものだった。「正直、あまりないんです」。もちろん代表取締役としての責任は全く異なるが、意識そのものは大きく変わっていないという。
その理由は、若手時代から叩き込まれた一つの思考法にあった。「1社目の会社で、何かアドバイスを求めたり、自分の意見を伝えたりすると、必ずと言っていいほど言われたのは『上のポジションで考えてごらん』という言葉でした」と新田氏は語る。
上司はイエス・ノーを即答するのではなく、より高い視点からの思考を求めた。自分が課長なら部長の立場で、部長なら社長の立場で物事を考える。この訓練を「DNAに刻み込まれるぐらいまで」繰り返し受けてきたという。
「視点が低いと部分最適になりやすい。視点を高くするためには、意識的に自分が今課長だったら部長になってみる、極端な話、社長の立場になってみる。自分が社長になるということは会社のお金を動かすということ。『会社の金だから』と思ってしまうと、思考が全く変わってしまう」と新田氏は説明する。
この思考法は、キックオフミーティングで毎年社員に伝え続けている。「2つ上のポジションで考えなさい」という言葉を繰り返すのは、それが自身の成長の原点だからだ。部長時代に言っていたことと社長になってから言うことが違えば、部下からの信頼は失われる。だからこそ、早い段階からトップの視点で考える習慣が必要なのだと新田氏は確信している。
◾ 取材担当:石崎の感想
「上のポジションで考える」という教えは、学生である私にとっても非常に実践的なアドバイスでした。サークルやゼミでも、自分の立場だけで考えると視野が狭くなりがちです。新田社長が「DNAに刻み込まれるまで」と表現されたことが印象的で、一度聞いただけでは身につかない、繰り返し実践することの重要性を感じました。就活の面接でも、「自分が経営者だったら」という視点で志望動機を考えると、より説得力のある言葉が出てくるのではないかと思いました。

B2BからB2Cへ、60名の少数精鋭で挑む事業トランスフォーメーション
アコ・ブランズ・ジャパンは現在、大きな変革期にある。元々はシュレッダーやラミネーターなどのオフィス機器を中心としたB2B事業が主力だった。しかし、コロナ禍で在宅勤務が広がり、オフィス機器の需要が急減した経験から、B2C領域への進出を加速させている。
「ゲーミングアクセサリーのPowerA(パワーエー)は、アメリカでは世界ナンバーワンのブランドです」と新田氏は語る。このようなB2C商材をポートフォリオに加えることで、事業リスクの分散を図っている。「友人に何をやっている会社かと聞かれると、非常に答えにくい。今は変化の途上にある」と新田氏は率直に認める。
日本法人の社員数は約60名。外資系企業の特性として、人員を増やすことには厳しい制約がある。「少数精鋭で自分の仕事をこなすだけでも余裕がないという傾向がある」と新田氏は語る。手取り足取り教える新卒採用ではなく、中途採用で即戦力を集め、実務と自律的な学びを通じてさらに能力を引き上げる組織を目指している。
しかし、B2BからB2Cへの転換は「口で言うほど簡単ではない」と新田氏は強調する。「思考が全く違う。相手にするお客様の考え方も違うし、商習慣も違う。B2Cに行こうと言ってすぐに行けるわけではない」。会社自体がトランスフォームしなければならない過渡期にあり、「私が退任するまでの間にその過渡期をうまく乗り越えて、次の方にバトンタッチできれば最高」と新田氏は未来への決意を語る。
◾ 取材担当:石崎の感想
60名という少数精鋭の組織でグローバル企業の日本法人を運営していることに驚きました。B2BからB2Cへの転換という大きな挑戦を、限られた人員で進めている姿勢には、外資系企業ならではの厳しさと、それを乗り越えようとする強い意志を感じました。新田社長が「退任するまでに乗り越えたい」と語られたとき、経営者としての責任感と覚悟が伝わってきました。変化を恐れず、むしろ変化を推進する側に立つことの重要性を学びました。

学生へのメッセージ——自ら学び、自ら考える力を磨け
新田氏は「会社は学校ではない」と社員に繰り返し伝えているという。「学ぶのはあくまで社員自らやってもらわないとダメ。教えてもらうのではない」という姿勢は、就活を控える学生にとっても重要なメッセージだ。
しかし同時に、新田氏は1社目で経験した教育インフラの重要性も忘れていない。若手時代、質問をすると上司から「あれを見た?これを見た?図面を見た?」と返された。すぐに答えにたどり着かないからこそ、様々な書類を調べる過程で知識の幅が一気に広がった。「1年もすると、とてつもない知識を持つ人材に自然になる」と新田氏は振り返る。
「常に疑問を持つ癖を学生のうちからつけていくことが大切です。便利な時代だからこそ、自分の頭で考える時もあれば、文明の技術を使う時もある。そのメリハリをつけられる人間になってほしい」と新田氏は語る。
組織の中でも、クラブ活動でも、リーダーとプレイヤーでは全く違う視点がある。「2つ上のポジションで考える意識を持てるかどうかが、その人がどこまで行けるかの分岐点になる」。新田氏自身の経験から導き出されたこの言葉は、就活生が社会に出る前に身につけておくべき最も重要な思考法かもしれない。変化が激しく、先が読めない時代だからこそ、自ら考え、自ら動ける人材であることが求められている。
◾ 取材担当:石崎の感想
「会社は学校ではない」という言葉は厳しくも聞こえますが、その裏にある「自ら学ぶ姿勢さえあれば、成長を後押しする」という姿勢に、新田社長の人材に対する深い愛情を感じました。AIが答えを出してくれる時代に、あえて考える力を磨くことの価値を説く姿勢は、私たちZ世代が忘れがちな本質を突いています。