株式会社あっぷるアイビーは、長野県を拠点に、焼肉店やイタリアンレストラン、居酒屋など多彩な飲食業態を展開する企業です。創業は丸田代表の祖母の時代に遡り、食堂からスタートした歴史を持ちます。会社組織としては2代目となる丸田剛代表が、1998年から約28年にわたり経営の舵を取り続けています。現在は長野県・新潟県を中心に25店舗を運営し、自社セントラルキッチンを活用した外部への食材供給も手掛けています。今回は丸田剛代表に、食品業界の「グレーゾーン」と向き合いながら貫いてきた経営哲学、コロナ禍での雇用維持の決断、そして次世代への想いについて、学生団体GOAT・石嵜がお話を伺いました。

「万全ではなかった継承」——親父の急病が人生を変えた1998年
私がこの会社の代表に就任したのは、1998年のことです。長野オリンピックが開催された年でした。実は、私には会社を継ぐ心構えなど全くありませんでした。大学を卒業後、別の仕事に就いていたのですが、家庭の事情で地元に戻ることになり、たまたま実家の会社に入っていただけなのです。「親の面倒を見終わったら、また自分の好きな仕事に戻ろうかな」と、そんな軽い気持ちでいました。
しかし、運命は突然やってきました。親父が急に病気で倒れてしまったのです。その時、私はすでにこの会社にいたものですから、そのまま社長を引き継ぐことになりました。「やるしかない」という状況でした。準備期間もなければ、経営者としての教育を受けたわけでもない。ただ、祖母の代から続く食堂の歴史を背負って、手探りで走り始めたのです。
振り返れば、この28年間は外部環境との戦いの連続でした。2001年のBSE(牛海綿状脳症)問題では、焼肉店を含む牛肉関連の消費が一気に冷え込みました。そして記憶に新しいコロナ禍。「乗り越えたかと言われると、乗り越えられているかどうかわからない。まだまだ傷跡はいっぱいある」というのが正直な実感です。それでも会社を続けてこられたのは、ある一つの基準を守り続けてきたからだと思っています。
◾ 取材担当:石嵜の感想
「継ぐ準備なんて全くできていなかった」という言葉に、経営者のリアルな姿を感じました。就活では「キャリアプラン」を求められることが多いですが、丸田代表のように予期せぬ形で道が決まることもある。大切なのは、その状況でどう向き合うかだと学びました。また、28年経っても「傷跡がある」と正直に語る姿勢に、経営の厳しさと誠実さを同時に感じました。準備がなくても、覚悟があれば道は開ける——そんなメッセージを受け取りました。

「自分の子供に食べさせられるか」——業界のグレーゾーンを理由
私が経営において最も大切にしていることは、うちの企業理念でもある「体の健康と心の健康」です。言葉にすると当たり前に聞こえるかもしれませんが、この業界にいると、その当たり前がいかに難しいかを痛感します。
私が社長になった頃、食品業界には様々なグレーゾーンが存在していました。こうした実態は、業界の中にいれば珍しいことではありませんでした。
しかし、私はそういうものを使って商売したくなかった。理由は単純です。「自分の子供たち、自分の家族、自分の大切な人にも食べさせてあげられる食材・料理でありたい」——これが全ての基準なのです。みんなが知っている大企業の経営者が、自分の子供を自信を持って連れていけるお店を本当に経営しているだろうか。
「心の健康」という点では、お客様がせっかく時間もお金も使って食事に来られるのだから、少しでもハッピーになって帰っていただきたい。食事を「売る」のではなく、「体験」として提供したい。体も心も健康になれるような商売ができれば、それが私たちの存在意義だと考えています。
◾ 取材担当:石嵜の感想
「自分の家族に食べさせられるか」という基準は、一見当たり前に思えました。しかし、業界の実態を聞くと、この当たり前を守ること自体が大きな企業努力なのだと気づかされました。就活で企業を選ぶ際、「理念」は形骸化していることも多いですが、丸田代表の言葉には28年の実践に裏打ちされた重みがあります。食品業界に限らず、「自分の大切な人に胸を張れる仕事か」という問いは、どの業界でも自分に問いかけるべき基準だと感じました。

コロナ禍の決断——雇用を守り抜いた理由
コロナ禍は、私たち飲食業界にとって未曾有の危機でした。ひどい時には、普段の売上の5分の1程度しかお客様が来ない日も珍しくありませんでした。通常であれば、ある時間帯に10人働いているとして、「もう10人なんか雇えないから3人か4人にしよう」と考えるのが普通でしょう。実際、多くの飲食店がそうした判断を迫られました。
しかし、私は違う選択をしました。国からの補助金があったおかげもありますが、特にメインで働いてもらっていたパートさんたちの雇用はなるべく守るようにしました。社員はもちろんのこと、パートさんたちの生活も背負っているという責任感がありました。
この決断が正しかったかどうか、今でもわかりません。ただ、一つだけ確かなことがあります。「あの時、不便をかけなかったから、その後もここで働いて恩返ししたい」と言ってくれるパートさんたちが今も多いのです。コロナ禍での判断が、結果として今の人材確保につながっているのかもしれません。
人手不足は今、どの企業も抱える大きな問題です。抜本的な解決策はないと思っています。だからこそ、私たちがやっていることは「とにかく人を大事にする」ということだけ。それしかできないのです。大手企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)で省力化を進めています。タッチパネルでのオーダーや、携帯からの注文、料理を運ぶロボット。私たちも多少は取り入れていますが、基本は「人を大事にする」という姿勢を崩さないようにしています。
◾ 取材担当:石嵜の感想
コロナ禍での「人を残そう」という決断は、経営者としての覚悟を感じさせるエピソードでした。短期的にはコストがかかる判断ですが、「あの時守ってもらったから」という信頼関係が今の人材確保につながっている。就活生として、こうした「人を大事にする」姿勢の企業を見極める目を持ちたいと思いました。また、人手不足に対して「抜本的な解決策はない」と正直に語る姿勢にも好感を持ちました。

学生へのメッセージ——「失敗したって、その年齢なら取り返しがつく」
私から就活生の皆さんに伝えたいことは、「可能性を狭めるな」ということです。今のポジションだけを見て「自分はこのぐらいだ」と勝手に決めつけてしまえば、多分そこまでで止まってしまいます。しかし、もし大きなことを考えれば、そちらに向かっていけるかもしれない。
仮に大きな目標に向かって挑戦して失敗したとしても、その年齢で失敗したなら知れています。「やり直しはいくらでもできると思う」というのが私の考えです。これが40代、50代になってからだと少し慎重にならなければなりません。しかし、20代前半の皆さんには、まだまだどんな可能性があるかわからないのです。
私自身、28年前にとても万全とは言えない状態でこの会社を引き継ぎました。今は次の経営者をどうするかということが、私の最大の関心事になっています。少子化や円安、世界情勢の変化など、これからの時代はまだまだ変化していくでしょう。だからこそ、若い皆さんには、自分の可能性を信じて、熱意を持って何かを突き詰めてほしいと思います。仕事を選ぶ際に、「自分の大切な人に胸を張れる仕事かどうか」という基準を持ってもらえれば、きっと良い選択ができるはずです。
◾ 取材担当:石嵜の感想
「失敗しても、その年齢なら取り返しがつく」という言葉は、就活に不安を感じる自分にとって大きな励みになりました。丸田代表自身が準備なく経営者になった経験があるからこそ、この言葉に重みがあります。また、「次の経営者をどうするか」という課題を正直に語る姿勢から、長年経営を続けてきた方のリアルな悩みを感じました。就活は人生の全てを決めるものではなく、挑戦と修正を繰り返していけばいいのだと、肩の力が抜ける取材でした。