◇企業紹介◇
井上酒造株式会社は、1804年(文化元年)創業、大分県日田市に本社を構える老舗酒造メーカーです。麦焼酎や日本酒、リキュールなど多彩な商品を手がけ、222年の歴史を紡いできました。今回は、2026年3月に第8代目社長に就任した後藤康男氏に、学生団体GOATの石崎がインタビュー。大分銀行出身という異色の経歴を持ち、レジャー施設や不動産など4社の経営を経験してきた後藤社長が語る「経営の要諦」と「若者へのメッセージ」に迫ります。創業家以外で初めて社長に就任した後藤氏が、どのような覚悟でこの老舗酒蔵の舵を取るのか。その言葉には、若者にとって大切な示唆が詰まっています。

家業に外から入り会社を再建する道
後藤康男社長は、もともと井上酒造とは縁のない人物でした。大学卒業後、大分銀行に入行します。その後、キャリアは予想外の方向へと展開していきました。
「大分銀行を完全に退職した後、別府市の城島高原パーク、城島高原ホテル、城島高原ゴルフクラブの3事業を運営する会社で専務、社長、会長を8年間務めました」と後藤社長は語ります。その後も、大分市の鶴崎にあるSAグループの不動産事業を手がける株式会社SAキャピタルで2年間社長を務めるなど、民間企業の経営者としてのキャリアを積み重ねてきました。
井上酒造への転身は、2026年1月中旬のことでした。大分キャピタルパートナーズという再生ファンドが、経営難に陥っていた井上酒造をマジョリティ投資という形で、経営のリスタートを支援することになった際、外部から社長を招聘することになったのです。
「銀行時代の同僚で、今は役員をされている方から『行ってくれないか』と言われました」と後藤社長は振り返ります。「打診を受けた以上は、あまり断ることはしない。基本、オファーは受けようという姿勢です。迷いもなく入社を決めました」
創業から222年、7代にわたって井上家が守ってきた酒蔵。その歴史の重みを背負うことになった後藤社長ですが、その決断に迷いはなかったといいます。当時勤めていた不動産会社のオーナーには正直に話し、円満に退職。2026年3月23日、正式に第8代目社長に就任しました。
◾ 取材担当:石崎の感想
「オファーは断らない」という言葉が強く印象に残りました。就活でも、予想外の業界や会社からオファーをもらうことがあると思います。そんな時、「自分には向いていない」と決めつけてしまいがちですが、後藤社長のように「まずやってみる」という姿勢があれば、思いもよらないキャリアが開けるのかもしれません。銀行員から酒蔵の社長へ。その軌跡は、キャリアに正解はないことを教えてくれます。

4社の経営を経験して見えた「業種を超えて共通する経営の要諦」
レジャー施設、不動産、ホテル、そして酒造。後藤社長がこれまで経営してきた4社は、業種も規模も全く異なります。しかし、後藤社長は「経営の要諦は共通している」と断言します。
「まずキャッシュを回すことです。売上がプラス、経費がマイナス。その引き算で売上が多くて経費が少なければキャッシュが回る。それで日々を毎日毎週毎月を回すことで1年間を無事に終えて次の決算期を迎える。この繰り返しです」
一見すると当たり前のことのように聞こえますが、後藤社長はこの「算数の話」こそが経営の根幹だと強調します。どんなに革新的なアイデアがあっても、どんなに優れた商品があっても、キャッシュが回らなければ会社は存続できません。
「お金だけではありません。当然、人の管理、部下・社員の管理、労務管理、人事管理もきちんとやらないといけない。様々なトラブルや諸問題も、最終的には自分が決断・判断していく。それはどんな業種、どんな仕事でも共通です。だから私は『この業種だから』ということは気にしないタイプです」
後藤社長のキャリアを見ると、コロコロと職種が変わっているように見えるかもしれません。しかし、本人はそれを「天の声」と表現します。迷わずに一歩を踏み出し、目の前の課題に全力で取り組む。その姿勢が、異なる業界でも結果を出し続けてきた秘訣なのでしょう。
「GOATさんが推進されている起業のことも同じです。一歩を踏み出した方が、必ず何か答えなり結論なり方向性が見出せる。迷うくらいであればやってみる方がいいですよね」
◾ 取材担当:石崎の感想
「経営の要諦は共通している」という言葉は、就活生にとっても大きな学びになると感じました。業界研究をしていると、業界ごとの特殊性ばかりに目が行きがちです。しかし、後藤社長の話を聞いて、どの業界でも「キャッシュを回す」「人を管理する」「問題を解決する」という本質は変わらないのだと気づかされました。就活で業界を絞りすぎず、幅広く見てみることの大切さを改めて感じます。

日本酒離れの時代に222年の酒蔵をどう再生するか
井上酒造が直面する課題は、内部の経営再建だけではありません。日本全体で進む「若者の酒離れ」という構造的な問題があります。
「缶チューハイやレモンサワーなどのRTD(Ready To Drink)は伸びているのですが、瓶を買って日本酒を飲む、焼酎を飲むという人は減っています。毎日晩酌している人は別として、若い人の割合は少ないですよね」
酒造業界特有の流通構造も課題の一つです。一般的に、酒造メーカーは消費者に直接販売することが難しく、卸売業者を通して各地の酒屋やバイヤー、百貨店のギフトコーナーなどに商品を届けます。そのため、どうしてもマージンが発生し、利益率が薄くなる構造があるのです。
「ものすごくブランディングに成功すると、卸を通さずに直接売ることができます。いわゆる定価で売れる。そこを目指すのがベストです」
しかし、日本には無数の酒造メーカーが存在し、競合にさらされたレッドオーシャンの中で戦わなければなりません。後藤社長は現在、東京の大手商社や量販店とのコネクションを築きながら、大分県ならではの「麦焼酎」や「味の違う日本酒」で差別化を図る種まきを進めています。
◾ 取材担当:石崎の感想
「満塁ホームランではなく、四球を積み重ねて1点を取る」という表現が印象的でした。SNSでは華々しい成功事例ばかりが目に入りますが、実際の経営は地道な積み重ねなのだと感じます。就活でも、最初から完璧な内定を狙うのではなく、小さな行動を積み重ねていくことが大切なのかもしれません。また、自分が好きなお酒の業界が厳しい状況にあることを知り、応援したい気持ちが強くなりました。

学生へのメッセージ:「やらないと絶対後悔する。迷うくらいならやってみろ」
最後に、後藤社長から就活生へのメッセージを伺いました。
「今の時代、資金はファンドやVCで調達が簡単になっています。アイデアさえあれば、スマホかパソコン1つで事業ができる時代です。今の若い人は本当に頭がいいし、ITがあるからグローバルなこともできる。大学生在学中に起業して、人材派遣や海外事業にチャレンジする人も多い。私から見ても、若い人はすごいなと思います」
一方で、後藤社長は安易な起業には警鐘を鳴らします。
「会社を起こすということは、社員を養わなければいけない。毎月決まった日に決まった額の給料を払う責任がある。お金を粗末にしてはいけません。儲かって遊びたくなる気持ちは分かりますが、一時のお金で無駄遣いをしていたら、一挙に企業は下がっていきます。好調な時でも我を忘れず、日々の振り返りは必要です」
そして、こう締めくくりました。
「やらないと絶対後悔します。60歳、70歳になった時に『大学4年の時こうやっておけばよかった』と思っても後の祭りです。迷うくらいであればやってみる。石の上にも3年。石にかじりついてでも、まず3年は頑張ってほしい」
銀行員から始まり、4社の経営を経験し、222年の歴史を持つ酒蔵の8代目社長に就任した後藤氏。その言葉には、数々の挑戦と苦難を乗り越えてきた重みがありました。就活という人生の岐路に立つ皆さんに、この言葉が届くことを願っています。
◾ 取材担当:石崎の感想
「石の上にも3年」という言葉が、今の時代には古く感じる人もいるかもしれません。しかし、後藤社長の口から聞くと、その言葉には説得力がありました。4社の経営を経験し、コロナ禍も乗り越えてきた方だからこそ言える言葉だと思います。就活では「最初の会社で人生が決まる」と思いがちですが、後藤社長のキャリアを見ると、そうではないことが分かります。まずは目の前のことに全力で取り組み、3年間やり切ること。その先に、思いもよらないキャリアが開けるのかもしれません。今回の取材を通じて、私自身もチャレンジすることの大切さを改めて感じました。ありがとうございました。