◇企業紹介◇
長野県上田市に位置する霊泉寺温泉和泉屋旅館は、創業230年以上の歴史を持つ老舗旅館です。明治時代から残る温泉施設を有し、現在は6室14名限定の「丁寧なおもてなし」を提供する宿として営業しています。今回は女将の清水理絵さんにお話を伺いました。取材担当は学生団体GOAT・石嵜です。帝京高校野球部の合宿所としても50年以上の歴史を持ち、SNSでの情報発信にも積極的に取り組む清水女将の経営哲学と、地域への想いに迫ります。

「外から来た嫁」だからこそ見えた危機感——団体旅行から個人旅行への転換期
清水さんが和泉屋旅館に嫁いだのは2002年のこと。当時の旅館業界は、団体旅行から個人旅行への大きな転換期を迎えていました。「その頃ってまだ団体旅行の名残りがあったんですよ。20室をフル稼働させて経営していたんですけれども、観光の動きが全体的に団体から個人へと変わっていった」と清水さんは振り返ります。
しかし、先代はかつての団体旅行時代の成功体験から抜け出せずにいました。「先代はやっぱり団体旅行ですごくいい思いをした世代。またその時代が来るだろうという思いでもがきながらやっていたと思うんですけど、一向に良くならない」。清水さんは外から嫁いできたからこそ、その危機感を肌で感じていたといいます。
「私は外から来てるから、中からだと見えないんですけど、今のままじゃダメだっていうのがひしひしと分かるわけですよ」。しかし嫁という立場もあり、なかなか意見を言い出せない葛藤を抱えていました。年子で2人の子どもを育てながら、旅館の未来を案じる日々が続きました。
この「外から来た視点」と「内側の事情」の狭間での葛藤が、後の大きな挑戦への原動力となっていくのです。
◾ 取材担当:石嵜の感想
「外から来たからこそ見える」という視点は、就活においても非常に重要だと感じました。企業研究をする際、業界の常識や慣習を当たり前と思わず、「なぜそうなっているのか」を問う姿勢が大切です。清水さんが感じた危機感は、まさに「新しい目」で物事を見ることの価値を教えてくれています。また、意見を言えない立場での葛藤は、新入社員として組織に入る私たちにも通じるものがあります。

霊泉寺温泉を未来へつなぐ——女将が挑んだ地域活性化
2012年、子育ても少し落ち着いた頃、清水さんは大きな決断をします。「霊泉寺温泉自然JUKUプロジェクト」という団体を自ら立ち上げたのです。「お客さんも全然来てくれない、霊泉寺温泉という場所も皆さん知らない。じゃあどういう風にしたらいいかなと考えて、ただの主婦ができることなんて限られてるけど、立ち上げることにしました」。
クリーンフェスタ、マッド&マディ、トレッキングイベント、子どもたちの自然体験——ありとあらゆることに手を出しました。最初は150人程度だったイベントの参加者が、コロナ前には2000人規模にまで成長。メディアへの露出機会も増え、霊泉寺温泉の認知度は着実に上がっていきました。
「10年間、プロジェクトのリーダーを頑張ってきました」と清水さん。組合長という立場も任されるようになり、組合長として地域全体の発展に尽力してきました。「私より全然皆さん先輩なのに、なぜか私が組合長をさせていただいている。外から来た嫁にそう言ってくださるのは、ここの皆さんはとても柔軟で、新しい考えも受け入れてくださる前向きな方ばかりだからだと確信しています」。
「一軒一軒のポテンシャルが高くなれば、多分そこの温泉地って絶対に良くなると思うんです。だから組合の皆さんには『最後は自分だよ』ということを言っています」。
まず自分たちの宿を良くすること——その信念が地域全体の結束力を高めています。
◾ 取材担当:石嵜の感想
「ただの主婦」という謙遜の裏には、動員数150人を2000人にまで増やした圧倒的な行動力がありました。この話を聞いて、肩書きや経験の有無よりも「やるかやらないか」が結果を分けるのだと実感し、まず動いてみることの大切さを学びました。また「最後は自分」という言葉は、他責にせず自分の力で道を切り開く姿勢として、社会人になっても心に刻みたい言葉です。

20室から6室へ——コロナ禍で見つけた「宿の本質」への回帰
コロナ禍は、宿泊業にとって存亡の危機でした。「私たちのようなサービス業、しかも娯楽である宿泊業って、二の次三の次のものじゃないですか。本当にうちがなくなるのかなとも思った」と清水さんは振り返ります。しかし230年続いてきた「和泉屋」の屋号を絶やしたくないという想いが、彼女を突き動かしました。
2022年、50年ぶりとなる大規模改修工事を決断。8ヶ月間の完全休業を経て、旅館は生まれ変わりました。最大の変化は、20室から6室への大幅な縮小です。「量産型ではなくて、お一人お一人に向き合う宿をやりたかった」。1日最大14名限定、夫婦2人で作った料理を温かいうちに提供する——そのスタイルに変えてから、稼働率は劇的に向上しました。
明治時代から残る風呂も復活させました。「昭和18年から使っていなかったお風呂を、今回の改修工事で直して貸切り風呂として提供しています」。他のお客様と顔を合わせない完全プライベート空間——それが現代の旅行者が求める「ゆっくり」を実現しています。
「コロナを経て、やっぱり宿の本質というところに戻った気がします。変わらないものがあってもいいのかな。時代に合わせて変化することも大切ですが、どの時代にも流行に寄り添いながら、変わらない価値観も大切に持ち続けていたいと思っています」。地域活性化に奔走した10年間を経て、清水さんはようやく「自分たちならではの宿」という感覚を手に入れたといいます。時代に合わせて変化しながらも、変えてはいけない本質を守る——その姿勢が、230年の歴史を次の世代へと繋いでいくのです。
◾ 取材担当:石嵜の感想
「20室から6室に減らす」という決断は、売上を追うのではなく価値を追う経営への転換です。一見すると縮小に見えますが、実際には「14名に全力を注ぐ」という集中戦略であり、結果として稼働率向上という成果に繋がっています。量より質という考え方は、キャリア選択にも応用できる知恵です。

若い世代から学び続ける40代女将——世代を超えた交流が育む新しい感性
清水さんの旅館には、意外にも20代・30代といった若い世代のお客様が多く訪れます。1泊2万円という決して安くない価格帯にもかかわらず、若い世代がしっかりとお金を払い、地元のお酒を楽しみ、「美しく遊ぶ」姿に清水さんは感銘を受けているといいます。
「20代の方たちは本当に素晴らしい。ちゃんとチャレンジして、遊び方が綺麗なんですよ。すごい勉強になります」。
若者と積極的に関わることで、時代の感覚を吸収し続ける。「やっぱり色々教えてくれるし、見てるところが全然違う。でもそれはお互いですよって言ってくれる」。年齢を超えたフラットな関係性が、清水さんの若々しさの秘訣なのかもしれません。
「生きてきた年数が違うから、その分お酒やお食事では私も若い人たちに情報提供できる。でも『今はこうなんだよ』という会話もすごく楽しいですし、私自身も勉強になります。」世代を超えた相互学習——それが清水さんの経営にも、SNS発信にも、人生にも活きているのです。
◾ 取材担当:石嵜の感想
「若者と飲みに行く」という話を聞いて、清水さんがZoomに映った瞬間に感じた「若さ」の理由が分かりました。若い世代と関わることで、物理的な年齢に関係なく感性がアップデートされ続けているのです。就活生の私たちも、社会人になったら「若者の感覚」を武器にできます。しかしそれは年齢とともに失われていくもの。だからこそ、常に新しいことに触れ、学び続ける姿勢を持ち続けたいと思いました。