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【株式会社ダイコープロダクト】「100周年を迎えたい」手袋産業140年の聖地で挑む、ものづくり企業の未来戦略

2026年06月18日

株式会社ダイコープロダクト

【株式会社ダイコープロダクト】「100周年を迎えたい」手袋産業140年の聖地で挑む、ものづくり企業の未来戦略

◇企業紹介◇

株式会社ダイコープロダクトは、1963年創業、香川県さぬき市に本社を構える手袋製造メーカーです。手袋産業発祥の地として約140年の歴史を持つこの地域で、特殊作業用手袋からスポーツ・ファッション手袋まで幅広く展開。

消防向けブランド「BULLRESCUE」、ワーキンググローブブランド「DK. WORKS」、バッグブランド「stairs design products」など、複数の自社ブランドを手掛けています。今回は代表取締役の川北康伸氏に、学生団体GOATが取材を実施。手袋産業の歴史から自社ブランド戦略、そして「創業100周年」という夢に向けた挑戦について、詳しくお話を伺いました。

手袋産業140年の聖地で生まれ育った「継ぐのが当然」という空気感

香川県東部地域は、かつて製塩業や砂糖製造が主要産業でしたが、約140年前に先人が手袋産業の種を蒔いたことで、この地は「手袋の聖地」へと変貌を遂げました。川北氏は、この土地で物づくりに携わる家庭に生まれ、幼少期から手袋製造を身近に感じながら育ちました。

「ちっちゃい頃からなんとなく、あ、手袋作ってるんだっていうのはわかってました。忙しくなると昔は9時10時まで残業してたので、ご飯が出てこないんですよね。家にいても。だから手伝わされたりして」

川北氏が語る幼少期の記憶には、家業と生活が一体となった日常がありました。親戚にも商売をしている人が多く、「いずれ継ぐんだろうな」という空気感の中で育ったといいます。しかし、それは覚悟や責任感といった立派なものではなく、「やりたいとかではなくて、やんなきゃいけないのかなっていうぐらいだった」と率直に振り返ります。

大学進学も就職も、常に「将来自社に戻る」ことを意識した選択でした。商売に役立ちそうな学部学科を選び、就職先もアパレルメーカーを選択。手袋という繊維製品を扱う家業との関連性を考えての判断でした。周囲から「継ぐんだろう」と言われ続ける中で、自然と自分の進路が形作られていったのです。

この経験は、就活生にとって1つの示唆を与えてくれます。必ずしも「やりたいこと」が明確でなくても、環境や周囲の期待の中で自分の役割を見出していくことも、キャリア形成の1つの形なのかもしれません。

◾ 取材担当:学生団体GOATの感想

「継ぐのが当然」という環境で育った川北氏の話を聞いて、キャリア選択における「環境の力」について考えさせられました。私たち就活生は「やりたいこと」を見つけなければと焦りがちですが、川北氏のように「やるべきこと」の中で成長していく道もあるのだと気づきました。「覚悟とか責任とかっていうのなんて、到底そんなことを思うこともなかった」という正直な言葉に、逆に人間味を感じます。最初から完璧な覚悟がなくても、歩み始めることで見えてくるものがあるのかもしれません。

「地獄のような1年」が教えてくれた経営者としての原点

アパレルメーカーに就職した川北氏は、入社後まもなく予想外の展開を迎えます。面接では家業を継ぐ予定であることを伏せていましたが、先輩社員との会話の中で出身地や実家の仕事について話したところ、「それは先に社長に言えよ」と促されました。

「言ったら、その時の社長は『それだったら俺がとことん鍛えてやる』みたいな感じで」

この言葉をきっかけに、川北氏は新入社員でありながら社長室の秘書として働くことになります。しかし、その実態は「聞こえがいいかもしれないですけど、雑用です。ほとんど」と川北氏は語ります。社長の車の運転、細々とした事務作業。大学を卒業したばかりの若者が、100億円規模の会社を率いる経営者と毎日向き合う日々でした。

「さすがに大学卒業して1年生なので、100戦錬磨の100億の会社の社長と話が合うわけないのです」

怒られない日はなく、褒められた記憶は一度もない。何度も辞めようと思った「地獄のような1年間」でした。しかし、この経験が川北氏の経営者としての礎を築きます。後に自社で作成した理念や指針の7割は、この社長から学んだことが反映されているといいます。

特に心に刻まれた教えは「謙虚さを忘れるな」と「何でもとにかくいいから早くやれ」という2つ。そして経営においては「先から物事を考えなさい」という言葉でした。5年後、10年後の会社の姿を描き、そこに向けて今何をすべきかを考える。それこそが経営者にしかできない仕事だと、川北氏は当時の経験を通じて学んだのです。

◾ 取材担当:石井の感想

「地獄のような1年間」という表現に、当時の川北氏の苦悩が伝わってきました。しかし、その経験が今の経営哲学の7割を占めているという話には驚きました。私たち就活生は「成長できる環境」を求めますが、それは必ずしも居心地の良い場所ではないのかもしれません。「謙虚さ」と「スピード」という2つのキーワードは、どんな業界でも通用する普遍的な価値観だと感じます。辛い経験の中にこそ、人生を変える学びがあるという教訓を得ました。

「スポーツジムのバイトで社員並みの仕事を任された」学生時代の原体験

川北氏に学生へのアドバイスを求めると、「スキルを1つ磨いておけば」といった効率的な答えではなく、意外な言葉が返ってきました。

「今の学生さんがっていうわけではないでしょうし、自分がもう1回学生に帰れるんだったらみたいなことを考えた時に、やっぱり学生時代こそ、いろんなことをやってもらいたい」

学問という「やらなければいけないこと」以外の時間をどう使うか。その選択が、将来の対応力に大きく影響すると川北氏は語ります。自身の経験として挙げたのは、学生時代のスポーツジムでのアルバイトでした。

最初は受付で「いらっしゃいませ」と挨拶するだけの仕事だと思っていたところ、慣れてくると入会手続き、退会手続き、通帳や印鑑を預かる事務処理まで任されるようになりました。さらには、見学に来た人を館内案内しながら入会に導く「営業」まで求められたのです。

「それこそ社員の仕事じゃないのかなって思いながらね。でも社員がむちゃくちゃ少ないスポーツジムだったんで、バイトがやるしかないんですよ」と笑いながら語る。

ポイント制度もインセンティブもない。それでも自分のトークで入会を決めてもらい、手続きまで一人でやり遂げた時の小さな達成感。雑用も多かったが、「社員がやるべきことじゃないの」という仕事まで経験したことが、社会人になってからも生かされていると川北氏は振り返ります。

海外に行けば将来やりたいことが見つかるかもしれないと思って旅に出たこともあったが、結局見つからなかった。しかし、そこで知った海外の優しさや日本の良さは今も忘れていないといいます。効率を求めるよりも、非効率でもいろんなことをやる。その経験の蓄積が、社会で生きる力になるのです。

◾ 取材担当:石井の感想

「効率を求めるのはまだ早すぎる」という言葉が刺さりました。私たち就活生は、どうしても「役に立つスキル」「差別化できる経験」を求めてしまいます。しかし川北氏は、スポーツジムのバイトで「社員並みの仕事」を任されたことが、その後のキャリアに生きたと語ります。何が役に立つかは、社会に出てみないとわからない。だからこそ、学生のうちは行動の回数を増やし、様々な経験を積むことが大切なのだと学びました。

消防向けブランドから始まった自社ブランド戦略、そして
「DK. WORKS」の挑戦

株式会社ダイコープロダクトの事業を語る上で欠かせないのが、複数の自社ブランド展開です。

その第一歩となったのが、2001年に商標登録した消防向けブランド「BULLRESCUE」でした。

カタログを自社で制作し、全国の消防署に配布して注文を取る。企画から製造、販売まで一貫して手掛ける初めての挑戦でした。しかし、消防という市場には独特の難しさがあります。全国の消防職員は約16万人で、統廃合も進んでおり、これ以上増えることは見込めません。また、官公庁特有のしがらみや入札制度など、良いものを作れば必ず売れるという単純な世界ではありませんでした。

こうした経験から、川北氏は新たな市場への展開を模索します。バッグブランド「stairs design products」、ファッション手袋のオリジナルブランド、そしてコロナ禍の中で立ち上げた「DK. WORKS」。特に「DK. WORKS」は、「気ままで担い機能を保有した特殊作業手袋をブランド化して市場を開拓する」というコンセプトのもと、B to B をメインに展開しています。

「ワーキンググローブに関しては、おそらく大半の人たちがホームセンターとかで売られてるもので足りてるんだと思うんですけど、やっぱり作業現場と一言に言っても多種多様で、そこにはいろんな不満があるのは間違いない」

立ち上げから4年が経過し、5年目に突入したDK. WORKSは、毎年右肩上がりの成長を続けています。OEM生産だけでは価格決定権が自社になく、どれだけ価値があると思ってもマーケットプライスに縛られたり、相手都合で決められてしまったりする。自社ブランドであれば、自分たちで選択できる。それこそが「物を作れる」会社の強みを最大限に生かす道だと川北氏は考えています。

◾ 取材担当:学生団体GOATの感想

OEMと自社ブランドの違いについて、「価格決定権」という観点で説明していただいたことで、ビジネスの本質的な部分が見えてきました。作る力があっても、売る力がなければ価値を最大化できない。一方で、自社ブランドには在庫リスクが伴う。この両面を理解した上で、自社ブランド比率を高めていくという戦略は、製造業の未来を考える上で非常に示唆に富んでいます。特殊作業用手袋という一見ニッチな市場でも、「痒いところに手が届く」商品を作り続けることで差別化できるという話は、どんな業界でも通用する考え方だと感じました。

「100周年を迎えたい」変化の時代に物づくり企業が生き残るために

川北氏に会社の未来について尋ねると、明確なビジョンが返ってきました。

「自分が会社経営をやる中で、一番美徳として思うことは、やっぱり長く続けるっていうことなんです。だから一発、打ち上げ花火をドカンと上げたいと思ってはないですし」

さぬき市は今後も人口減少が予測されています。それでも、この地で物づくりを続けていきたい。消さないためには成長しなければならない。「黙っていても100周年は迎えられないので、長く続けるためにさあどうするかっていうところで考えた時に、やっぱり自社ブランドというのは1つキーワードになってくる」と川北氏は語ります。

60年前、手袋産業の隆盛期には「あの産業に関わると儲かるらしいぞ」と人が集まってきました。そう思ってもらえるようにするにはどうすればいいか。川北氏が考え続けているのは、そのことです。

しかし、経営環境は決して甘くありません。コロナ禍が終わったかと思えば、円安の影響で材料費が30%、40%と値上げされる事態に。予想もできなかった変化に、またエネルギーを割かなければならない。それでも今できることをやるしかないと川北氏は前を向きます。

創業から63年。100周年まであと37年。その道のりを見据えながら、川北氏は今日も新しい挑戦を続けています。

◾ 取材担当:学生団体GOATの感想

「一発の打ち上げ花火ではなく、長く続けること」という言葉に、川北氏の経営哲学の核心を見た気がします。派手な成功よりも、地道に会社を存続させていくことの難しさと尊さ。円安や原材料高騰といった外部環境の変化に対して「考えてもしょうがない」と割り切りながらも、「今できることをやる」という姿勢は、すごくかっこよかったです。100周年という明確な目標を持ちながら、日々の課題に真摯に向き合う。その積み重ねが、企業の持続可能性を作っていくのだと学びました。

学生へのメッセージ:効率より経験、スキルより行動の回数を増やせ

最後に、川北氏から就活生へのメッセージを伺いました。

「なんかこうスキルを磨いとけばとか、効率を求めるのはまだ早すぎるはずなんですよ。だって社会に出てないわけですし。英語が得意だったら英語の勉強していいとは思うんですけど、じゃあ英語を生かせる仕事につけるかというと、それは就職してみないとわかんない」

川北氏が強調するのは、学生のうちにいろんなことを経験することの大切さです。学問という「やらなければいけないこと」以外の時間をどう使うか。その選択が、社会で生きていくための対応力につながります。

「いろんなことを経験してると対応力がつくので、社会で生きていくために必要ないろんなものが吸収できるんじゃないかなと思うんです」

海外に行っても、将来やりたいことが見つかるとは限らない。でも、そこで感じた海外の優しさや日本の良さは、かけがえのない財産になる。1つのスキルを磨くことよりも、行動の回数を増やすこと。非効率に見えても、様々な経験を積むこと。それが、変化の激しい時代を生き抜く力になるのです。

行動力のある人は自然とそれができているかもしれません。でも、元来行動力がない人も、意識して動き出すことで変われる。川北氏自身も、アルバイトで「社員並みの仕事」を任されたからこそ、社会人としての基礎が築かれたと振り返ります。就活という節目を迎える今こそ、効率ではなく経験を、スキルではなく行動を大切にしてほしい。それが川北氏からのメッセージです。

◾ 取材担当:学生団体GOATの感想

川北氏の言葉はとても温かいエールでした。「英語を勉強しても、それを生かせる仕事につけるかは就職してみないとわからない」という言葉には、はっとさせられます。私たちは「就活に有利なスキル」を求めがちですが、本当に必要なのは変化に対応する力。それは、様々な経験を通じてしか得られないものなのかもしれません。140年続く手袋産業の地で、63年目の会社を率いる経営者の言葉には、時代を超えて通用する普遍的な知恵が詰まっていました。この取材を通じて、私達自身も「効率より経験」を大切にしていきたいと強く感じました。