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【株式会社白鳩】「歯車になるのが嫌だった」独自の経営で約200名の仲間と挑む製造業の革新

2026年08月21日

株式会社白鳩

【株式会社白鳩】「歯車になるのが嫌だった」独自の経営で約200名の仲間と挑む製造業の革新

◇企業紹介◇

株式会社白鳩は、愛知県に本社を構える創業75年以上の歴史を持つ製造業企業です。現在はマスクメーカーとして業界をリードしています。ウレタンマスクの開発元として知られ、グループ全体で従業員200名超、売上は20年前と比較して4〜5倍に成長。コア・テクノロジー株式会社(サポーター機能ベルト事業)、株式会社ヨコイ(自社ブランドマスク事業)などのグループ会社を擁し、白鳩ホールディングスを持株会社とする企業グループを形成しています。今回は代表取締役の津田社長に、学生団体GOATの石崎がインタビュー。独自の経営哲学から、若者へのメッセージまで、熱い想いを語っていただきました。

「歯車が面白くなかった」製薬会社を3年で辞め、運命の出会いへ

津田社長のキャリアは、大手製薬会社のプロパー(医薬品営業)から始まりました。就職氷河期という厳しい時代に、大企業に入社できたものの、ルート営業で決められた商品を売り続ける日々に、早くから違和感を覚えていたといいます。

「ルートで物を売ってくるっていう仕事はとても誇りに思っていたし素晴らしい仕事です。しかし私の価値観からするとあまり面白くなかったんですね」と津田社長は当時を振り返ります。入社前から「3年我慢しよう」と決めていた通り、3年後にきっぱりと退職。次の道を模索していた28歳の時、運命の出会いが訪れました。

それが白鳩の3代目となる予定だった当時の社長の息子さんとの出会いでした。当時の白鳩は「旧態依然とした状態で年配の人ばっかりいて、創業家の持ち物みたいな感じ」だったといいます。津田社長自身も「こんなとこ嫌だな」と感じたものの、3代目が持っていた価値観に強く共感しました。

「ちゃんとした会社にしたい、俺は」という3代目の言葉に、津田社長は心を動かされました。そこから20年以上、2人3脚で会社を変革し続け、売上は当時の4〜5倍、従業員は50名から200名超へと成長を遂げたのです。

「歯車ではない感覚はすごい強くて。ここに来て歯車だという感情は一切なくなった」と津田社長は語ります。代表になったのは5〜6年前ですが、28歳で入社した時から「会社のことは自分ごと」という経営者マインドを持ち続けてきたのです。

◾ 取材担当:石崎の感想

「歯車が面白くなかった」という言葉が印象的でした。就活をしていると、安定した大企業に入ることがゴールのように感じてしまいがちですが、津田社長は入社前から「3年で辞める」と決めていたそうです。自分の価値観に正直に生きる姿勢、そして「会社のお金を自分の財布と同じ感覚で」という当事者意識の高さは、どんな職場でも活躍するために必要な心構えだと感じました。就活生の皆さんも、内定がゴールではなく、その先で何をしたいのかを考えるきっかけにしてほしいです。

「人とお金」ではなく「人が全て」—要領より心を見る採用哲学

経営の三資源といえば「人・物・金」が定説ですが、津田社長の考え方は一線を画しています。「僕らはね、物も金もそこまで価値を感じてなくて。価値あるんだけど、結局それを生み出すのは人なんですよね」と断言します。

200名の従業員について「素晴らしい社員しかいない」と胸を張って言えるのは、採用において「人の心を見る努力」を徹底しているからです。最終面接は津田社長自身が担当し、確認するのはスキルや経験ではなく、その人の心のあり方だといいます。

興味深いのは、白鳩では「仕事ができる人」が必ずしも出世するわけではないという点です。「要領よくことができる子、コスパだタイパだって言われてますけど、うちの会社はその限りではなくて、逆にその辺は疎いけど素晴らしいハートを持った子たちがどんどん責任のある仕事を任されていく」と津田社長は説明します。

「いくら100億の売上を上げてくれるような子がいたとしても、自分の成果よりも誰かの成果のためにワークできるような気持ちがない子は、うちの会社では要職につくことはない」という言葉は、この会社の価値観を端的に表しています。

コロナ禍でウレタンマスクの市場が「ある日ゼロになった」という激動を経験しながらも、正社員の雇用を守り続けたのは、この人を大切にする姿勢の表れでしょう。需要の波が激しいマスク業界だからこそ、増員は派遣社員で対応し、正社員は「仲間」として大切に育てる。この一貫した姿勢が、「類は友を呼ぶ」ように素晴らしい人材を引き寄せているのかもしれません。

◾ 取材担当:石崎の感想

「100億売り上げる人より、誰かのために動ける人」という基準には驚きました。就活では「成果を出せる人材」をアピールしようとしがちですが、津田社長が見ているのは数字ではなく「心」なのです。面接で何を聞かれるかばかり気にするのではなく、普段から「誰かのために」という気持ちで行動できているか。それが結果的に、自分に合った会社との出会いにつながるのだと学びました。スキルは後から身につけられますが、心のあり方は一朝一夕では変わらないのだと実感しています。

「日本人だけが特殊」—世界と戦う中で気づいた強みと課題

津田社長は20代の頃から中国と取引を続け、海外ビジネスの最前線に立ってきました。その20年間で確信したことがあります。「中国人が変わってる、中国っていう国が変わってるんじゃなくて、むしろ日本人だけが特殊だっていうことにすごく気づかされました」

海外では「初めて会ったお前のことなんか信用できるか」が当たり前。現金以外は信用されない世界です。一方、日本では「信用手形」という紙切れで商売が成り立つ。相手を敬い、信用し合うことで経済が回っている。

「ワールドカップでゴミ拾いの話題になるじゃないですか。あれって誰かのために綺麗にするわけですよ。次に来た人が気持ちがいい、掃除する量が少なくて済むって、誰かのことを想像しながら行動する」

「いつか日本人のその考え方と文化が花開く日が来るような気がしていて、だからそれは日本人として大切に。ただ世界へその気持ちを持って出ていくと失敗することが多い。いかに日本の文化を大切にして広げていけるか」

津田社長は、この日本人の強みを世界に広げていける若者の出現を心から願っています。海外で通用するグローバル人材とは、日本人らしさを捨てることではなく、その良さを理解した上で柔軟に対応できる人材なのかもしれません。

◾ 取材担当:石崎の感想

「日本人だけが特殊」という視点は新鮮でした。グローバル化というと、海外の文化を学ぶことばかり考えがちですが、まず自分たちの文化の特殊性と価値を理解することが大切なのだと気づきました。信用を重んじ、他者のために行動できる日本人の美徳を、どう世界に広げていくか。就活で「グローバル人材」を目指す方は、この視点を持っておくと、面接でも一味違った自己PRができるのではないでしょうか。

学生へのメッセージ—「僕が20代に戻ったら政治家を目指してるかもしれない」

インタビューの終盤、津田社長に「20代の若者へのメッセージ」を求めると、意外な答えが返ってきました。

「僕20代に戻ったら政治家目指してるかもしれないな」

環境問題も、経済の停滞も、企業が、1人1人がどうにかできる範囲を超えている。本当に世の中を変えるには政治の力が必要だという確信からの言葉です。「そういう方向を見て志して活動できるような若者が1人でも出てきてくれたらすごく心強い」と津田社長は語ります。

先日、小学5〜6年生向けにSDGsの授業を行った津田社長。子どもたちに投げかけたのは「あなたたちが大人になった時、あるいは将来結婚して子供を儲けるかもしれない、その子たちが大人になった時に地球が存続してますか」という問いでした。

「今まで以上に儲かる、儲からない、便利になる。それよりももっと大事なことがあるような気がしていて」という津田社長の言葉は、就活を控える学生にも響くものがあるでしょう。

「もう年齢が若いだけで才能だから、もう完全に僕なんか負けてるから、どんどんどんどん頑張ってください」という最後の言葉に、若者への期待と信頼が込められていました。

◾ 取材担当:石崎の感想

「年齢が若いだけで才能」という言葉に背筋が伸びる思いでした。津田社長は50歳、あと5〜10年で仕事を辞めたいとおっしゃっていましたが、その前に次世代へバトンを渡す準備を着々と進めているように感じました。私たち若い世代が「便利さ」や「効率」ばかりを追い求めるのではなく、地球の未来、日本の未来を本気で考える。そんな視座の高さを持つことが、これからの時代に求められているのだと強く感じたインタビューでした。津田社長、貴重なお話をありがとうございました。