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【株式会社ウメタ】三代目が語る「面白い会社」という経営哲学

2026年08月25日

株式会社ウメタ

【株式会社ウメタ】三代目が語る「面白い会社」という経営哲学

◇企業紹介◇

株式会社ウメタは、昭和17年(1942年)創業、和歌山県みなべ町に本社を構える梅干し製造・販売の老舗企業です。創業者である先代が小学校4年生で学業を終え、鍛冶屋の丁稚奉公から身を起こし、和歌山に戻って梅干し業を始めたことがルーツとなっています。現在は三代目の泰地祥夫社長が代表を務め、和歌山本社で約100名、大阪・東京の営業拠点を含め約120名の従業員を擁しています。スーパーマーケットへの卸売りから通信販売、工場併設の直売店まで多角的な販売チャネルを持ち、「健康食品としての梅干し」という創業以来の理念を守り続けています。今回は泰地祥夫社長に、学生団体GOATの石崎がお話を伺いました。83年の歴史を持つ企業、そしてその独自の経営哲学に迫ります。

公認会計士から経営者へ。叔父に勝つための武器を求めて

泰地社長は、小学生の頃から家業を継ぐことへの迷いを抱えていました。通信添削の適性テストで「経営者になりたい」と書いたところ、「あなたには向いていません」という結果が返ってきたのです。理科や算数が好きな理系少年だった泰地社長にとって、当時の「経営者像」は自分とはかけ離れたものでした。

「ずっと悩んでいました。でも、叔父がね、『お前、大学行ったら簿記ぐらいやっとけよ』って言ってくれたんです。この叔父さん、東京で営業をやっていて、ものすごく商売がうまい人だった。この人と一緒に仕事をするなら、何か勝てるものを持たなきゃいけないと思ったんです」

その「勝てるもの」として選んだのが公認会計士の資格でした。大学卒業と同時に合格し、監査法人トーマツ(現・デロイトトーマツ)に入社。2年間の監査業務を経験した後、コンサルティング部門に異動しました。現在のアビームコンサルティングの前身にあたる部署です。キャリアが軌道に乗り始めた28歳のとき、父親から「いい加減にして帰ってこい」と呼び戻されます。

「自分が社長になるイメージは全然湧きませんでしたね。だから、自分がこの会社で何ができるのかをずっと考えていました。経理部門は当然できるわけだから、経理や給与計算は全部やりました。それ以外に、自分にしかできないことは何かを探し続けていたんです」

公認会計士という専門性を武器に、泰地社長は家業に新たな視点を持ち込みました。「向いていない」と言われた経営者への道を、自分なりの方法で切り拓いていったのです。

◾ 取材担当:石崎の感想

「この人に勝てるものを持たなきゃいけない」という言葉が強く印象に残りました。家業を継ぐことが「当たり前」ではなく、自分の居場所を自分で作らなければならないという覚悟。就活でも、「なぜその会社なのか」を考えるとき、自分がそこで何を武器にできるのかという視点は欠かせません。泰地社長が公認会計士を選んだように、自分の強みを意識的に作っていくことの大切さを学びました。

2年で6億円の赤字。「銀行は雨が降ったら傘を取りに来る」を身をもって経験した日々

43歳で社長に就任した泰地社長を待っていたのは、安売り競争の激化という厳しい現実でした。パソコンやインターネットが普及し始めた時代、情報システムに詳しい泰地社長への期待もあっての社長交代でしたが、業界環境は急速に悪化していきます。

そして50代半ば、梅干し業界を揺るがす大きな転機が訪れます。梅の相場が急変動し、2年間で6億円の赤字を計上することになったのです。

「あの頃ね、銀行は雨が降ったら傘を取りに来るって言うでしょ。本当にそうだった。6億赤字を出したとはいえ、自己資本がゼロになったわけじゃない。

自己資本比率は25、6%あったから、僕は大丈夫だと思ったんです。でも銀行は違った。それまでは『1年間返済なしで貸してくれ』と言えば貸してくれた。ところが赤字になった途端、『すぐ返せ』に変わった」

梅干し製造には独特の資金サイクルがあります。梅の収穫期である6月に大量の原料を仕入れ、加工して秋から翌年の夏にかけて販売する。利益が出ている時期は借りて返済した方が利息が少なくて済むため、そうした資金繰りを続けていました。しかし赤字になると、その仕組みが逆回転を始めます。

泰地社長は大きな決断を下しました。売上30億円の事業を3分の2に縮小し、20億円規模に再編したのです。商品構成を見直し、人員も整理しました。

「拡大しすぎたんです。あの経験があるから、今は自己資本比率60%以上を維持しています。利益が出たら従業員さんに決算ボーナスで分ける。儲かった分を分けたらいいんだ、という考え方に変わりました」

◾ 取材担当:石崎の感想

6億円の赤字という数字のインパクトもさることながら、「自己資本比率25、6%でも銀行の態度が変わる」というリアルな話に衝撃を受けました。経営の安定とは何か、数字だけでは測れない難しさがあるのだと実感しました。就活生として企業を見るとき、売上高だけでなく、その会社がどんな危機を乗り越えてきたかを知ることの重要性を感じます。

「拡大しない」という戦略。需要も減るが、供給も減る時代を見据えて

多くの経営者が「成長」「拡大」を語る中、泰地社長は明確に「拡大しない」と言い切ります。その理由は、長期的な視点に基づいています。

「日本の人口は減るわけです。そうすると需要も減る。しかし、もっと早く減るのが農業従事者人口なんです。だから供給も減る。需要も減るけど供給も減るから、どこかでバランス取っていかないとな、と。

さらに、拡大しない理由はもう一つあります。会社の所在地が海の近くであること。南海トラフ地震による津波リスクを考えると、設備投資をして規模を大きくすることは、むしろリスクを高めることになると泰地社長は考えています。

「東日本大震災のあの津波を見たときに、『これはあかん』と思いました。今の状況を考えると、さらに設備投資をして大きくしたら、それはリスクが高すぎるかなと。だから一旦拡大はしないと決めたんです」

三代目として「会社を潰すなよ」と言われて育ってきた泰地社長にとって、会社を続けることが最優先事項です。

◾ 取材担当:石崎の感想

「成長しない」のではなく「拡大しない」という言葉の選び方に、泰地社長の経営哲学が凝縮されていると感じました。環境に適応していくことを「成長」と呼ぶなら成長はする、でも売上を大きくすることは目指さない。この区別は、就活で企業を見るときにも重要な視点だと思います。「うちは成長しています」という言葉の中身を、もっと深く聞いてみたくなりました。

「いい会社」より「面白い会社」を目指す

取材の終盤、泰地社長はご自身の経営哲学について、飾らない言葉で語ってくれました。 「世間一般で言われる『優等生な会社』を目指したいわけじゃないんです。昔の経営者像って、朝早く会社に行って掃除して、みたいなイメージがあるでしょう。それはそれで素晴らしいけれど、『勤勉で真面目でなきゃいけない』という型に囚われすぎるのは僕らしくない」

泰地社長が目指すのは、あくまで「自分たちがワクワクしながら挑戦した結果、いい会社になっている」という自然体な姿です。 「『これ面白いな』と思えることに愚直に取り組み、結果的に会社が良くなっていく。それが一番理想的です。一見ふわふわしているように見えても、やるべきことはしっかりやる。そういうしなやかさがいい」

かつて周囲から「経営者に向いていない」と言われながらも、公認会計士という武器を手に歩んできた泰地社長。大きな赤字という苦難を乗り越える中で確立したのは、単に規模を追うのではなく「自社ならではの価値と質を高め、着実に歩み続ける」という経営哲学でした。83年続く歴史を、より確かな形で次の世代へ繋いでいくために。

◾ 取材担当:石崎の感想

「面白いことをやって、結果的に良くなっている」という言葉が、泰地社長の人柄を象徴していると感じました。インタビュー中も、難しい話を淡々と、しかしどこかユーモラスに語る姿が印象的でした。拡大を目指さないからこそ見える景色がある。そんな新しい価値観に出会えた取材でした。