愛知県に本社を構える井桁堂株式会社は、2024年に創業50周年を迎えた老舗菓子メーカーです。創業者である先代が問屋業としてスタートし、現在は焼き菓子を中心とした洋菓子の製造・販売を手がけています。「名古屋ふらんす」「アーモンドマイスター」など複数のブランドを展開し、百貨店への出店やOEM事業まで幅広く事業を展開。今回は、二代目として会社を率いる代表取締役社長に、学生団体GOATの外間が取材を実施しました。問屋からメーカーへの転換、和菓子から洋菓子へのシフト、そして「アーモンドによる垂直統合」という壮大なビジョンまで、変化を恐れず挑戦し続ける経営哲学に迫ります。

「継ぐのかな」という感覚から始まった、菓子づくりへの道
井桁堂株式会社の歴史は、現社長の父親が創業者として問屋業を始めたことに遡ります。当時は自宅の一角で、菓子を仕入れて販売するという商売を営んでいました。現社長は幼少期からその姿を間近で見て育ち、「いずれ継ぐ感覚があった」と振り返ります。
大学時代、父親は問屋業から一歩踏み出し、和菓子の製造を始めました。「元々問屋でちょっとしたギフトを扱っていたので、そういったギフトの中身を自分たちの手で作ってみたい」という思いからの挑戦でした。この決断が、後の井桁堂をメーカーへと導く大きな転換点となります。
現社長は大学卒業後、製造業のメーカーに就職。その後、菓子学校で菓子づくりを学び、製造の知識と技術を身につけてから会社に戻ってきたそうです。最初から事業を継ぐことを前提に、製造の現場と技術を学ぶというキャリアを選択しました。
「ちっちゃい時から商売の姿は見ていたので、ある時から自分が継ぐのかなという感覚もあった」という言葉には、自然体でありながらも確かな覚悟が感じられます。幼少期の原体験が、現在の経営者としての土台を形作っているのです。
◾ 取材担当:外間の感想
「継ぐのかな」という自然な感覚から始まったキャリア選択に、私は深く考えさせられました。就活では「やりたいこと」を必死に探しがちですが、社長のように幼少期からの環境や経験が自然と道を示してくれることもあるのだと気づきました。大切なのは、その道に進むと決めた後に、菓子学校や製造メーカーでの経験を積むなど、しっかりと準備を重ねる姿勢ではないでしょうか。私自身も、今の経験が将来どう活きるかを意識しながら日々を過ごしたいと思いました。

「時代の変化に対応し」和菓子から洋菓子へ、常に変革を続ける経営哲学
井桁堂の歴史は、変化への対応の連続でした。問屋からメーカーへ転換した理由について、社長は明確に語ります。「小さな問屋では他社と同じようなものを扱っていると、ただの価格競争になってしまう。だから、オリジナルの商品を作るメーカーになろうと」。差別化のための必然的な選択でした。
しかし、変化はそこで終わりませんでした。和菓子を製造して従来の取引先に販売していましたが、時代の流れで町の和菓子屋が減少し、和菓子市場全体も縮小していきました。また、和菓子は生菓子が中心で日持ちがしないという課題もありました。ギフト向けの商品を作りたいという思いから、日持ちのする焼き菓子の製造へとシフトしていきます。
転機となったのは、社長がフランスを訪れた際に出会ったマカロンでした。「たまたまヨーロッパに行った時に見つけてきて、自分たちもやってみようかということで取り組むと、今度お客さんが変わってくる」。和菓子から洋菓子への転換は、販売先の開拓も必要としました。新しい市場、新しい顧客との出会いが、会社をさらに成長させる原動力となったのです。
社長は「時代が変われば、同じことを続けているだけでは難しい部分もある。常に時代の変化に対応していくことが、私たちの理念の一つです」と語ります。現在、自社工場での和菓子製造は完全に終了し、洋風の焼き菓子に特化しています。変化を恐れず、時代のニーズに合わせて事業を進化させ続ける姿勢が、50年の歴史を支えてきたのです。
◾ 取材担当:外間の感想
問屋から製造へ、和菓子から洋菓子へという大胆な転換に驚きました。50年続く会社というと「伝統を守る」イメージがありましたが、井桁堂は「変化し続けること」で生き残ってきたのです。就活において、業界や職種を固定的に考えがちでしたが、時代の変化を読み取り、柔軟に対応できる力こそが長期的なキャリアには必要なのだと学びました。社長がフランスでマカロンに出会ったように、常にアンテナを張っていることの大切さも感じました。

「アーモンドで街づくりを」国産化と地域活性化への壮大なビジョン
井桁堂は現在、「アーモンドによる垂直統合」という壮大なビジョンを掲げています。菓子の主原料としてアーモンドを大量に使用していることから、「もっとアーモンドにこだわった事業をやっていこう」という方針を打ち出しました。これは会社のパーパス(存在意義)にまで位置づけられています。
垂直統合とは、アーモンドの栽培から、商品化、そして最終的に顧客に届けるところまで、すべてを自社で手がけるという構想です。「一メーカーというだけではなく、アーモンドの栽培から最終的にお客様にお届けするところまで全部手掛けることで、さまざまな価値が提供できるのではないか」と社長は考えています。
実は、国産のアーモンドは商業化されたものがまだ存在しません。世界のアーモンドの8割はアメリカ西海岸で生産されており、井桁堂は原料の一部をオーストラリアから直接輸入しています。しかし、山形県で栽培を始めている農家と連携し、国産アーモンドの試験的な取り組みを進めているのです。
アーモンドの木は桜に似た美しい花を咲かせます。「日本でも桜祭りはすごい人が来ますよね。アーモンドは似たような花が咲いて綺麗なんです」と社長は語り、現在も自社で「アーモンドまつり」というイベントを開催しています。期間限定のスイーツやアーモンドドリンクを提供し、多くの来場者を集めているのです。
「行政も巻き込んで、大学も絡んでもらって、大学生に国産アーモンドの商品化を企画してもらったりする。アーモンドを中心にして地域の活性化みたいなことをやってみたい」という言葉には、単なる菓子メーカーの枠を超えた社会的な使命感が感じられます。産学官連携による地域活性化という、スケールの大きな夢を追いかけているのです。
◾ 取材担当:外間の感想
「アーモンドで街づくり」という構想のスケールの大きさに、正直驚きました。菓子メーカーの枠を超えて、農業、地域活性化、さらには大学との連携まで視野に入れているのです。就活では「この会社で何ができるか」を考えがちですが、井桁堂のように「この会社を通じて社会にどんな価値を届けられるか」という視点を持つことの大切さを学びました。また、大学生を巻き込んだ商品企画の話を聞いて、私たち学生にもできることがあるのだと希望を感じました。

学生へのメッセージ:「若いうちにいろんなものを見て経験することが将来の財産になる」
取材の最後に、就活を控える学生へのメッセージをお願いしました。社長は自身の経験を踏まえながら、温かい言葉を贈ってくれました。
「若いうちに色々なものを見て経験することは、将来の財産になる」と社長は語ります。特に強調していたのが、大学時代の友人の大切さでした。社長は「私も57歳になり、当時の友人と会う機会が増えました。昔と変わらない感覚で付き合える友人の存在は、本当にありがたいですね」という言葉には、実感がこもっていました。
また、「あまり家にこもらず、色々なところに行ったり、見たり、食べたり、聞いたりする、あるいはさまざまなアルバイトに挑戦する」ことを勧めてくれました。「そういう経験は全部”糧”になると思いますよ」という言葉は、多様な経験を積んできた経営者だからこその重みがあります。
問屋からメーカーへ、和菓子から洋菓子へ、そしてアーモンドによる地域活性化へ。常に変化し続けてきた社長のキャリアは、様々な経験の積み重ねによって支えられてきたのです。フランスでマカロンに出会ったように、好奇心を持って外の世界に目を向けることが、思いもよらない転機をもたらすかもしれません。
◾ 取材担当:外間の感想
57歳になっても大学時代の友人と会うという話に、学生時代の人間関係の価値を再認識しました。就活では「内定を取ること」がゴールになりがちですが、今築いている友人関係や、様々な経験こそが本当の財産になるのだと感じました。社長自身が海外に行ったり、製造の現場を学んだりと、多様な経験を積んできたからこそ、変化に対応できる経営ができているのだと思います。私も就活だけに閉じこもらず、いろんなことに挑戦してみようと決意しました。